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昨日ついにその日がやってきました。 感謝の気持ちでいっぱいです。 抱えきれないほどの、気持ち、 私って、なんて幸せなんだとうと、噛みしめました。 ↑ 上の真っ赤なコーディネイトの花束 私が辞めるのを知らなかった九州営業所の若いメンバーが、 先日関西に営業のお勉強にきて、いろいろノウハウを教えてあげた。 キャリーケースとか、ハンカチとか、赤の小物が多くて「赤が好きやろ」って 茶化したら、昨日九州から届いたブーケが、真っ赤!! 「実は退職するの」とは伝えたけれど、 まさか、辞める日に他営業所から宅配で花束が届くとは思わなかった。 なにげに、箱をあけたら、こんな華やかブーケが入っていて 驚いた。とともに、嬉しかった。 ↓ そして、下は、西日本営業部のみんなから・・・ 私があまり派手なのが好きではないと知っていて、花屋を3件もまわって 上品な、上品なブーケを作ってくれた。 演出好きの部長が、私に渡す瞬間 「 えらい地味な花束やなあ~ 」 って言ったのが、うけた^^ でも、私を思ってこれにしてくれた、仲間、 ほんとうにありがとう。 ↓ そして、これは小さな小さな花束、 だけれども、大好きだった元気な女性添乗員さんが、明るい笑顔で 風のように、持ってきて、風のようにさっていった。 元気いっぱいのお花はまるで彼女のよう、 忙しいのに駆け付けてくれて、本当にうれしかった。 ↓ これもはベテラン男性添乗員さんを中心に、沢山の添乗員さんから・・・ 18:00に終礼が終わったら、もう事務所を後にしようと思っていたら、 電話がかかってきて、 「 今、伊丹についたとこやから、事務所でまっといてや~」との事。 芸人みたいな楽しい添乗員さんで、 お客様にお配りするバスツアーのお弁当をポンって渡されて、 「 もう、このお弁当食べることもないやろ、」って言ってくれた。 最後のおわかれで、何人かの添乗員さんも連れてきてくれて、 このビタミンカラーのブーケをくれた。 彼らの、いつも、エネルギッシュに、旅行の添乗をこなす、 そんあイメージが浮かんでくる。 あんまり、しんみりしたことをいわない彼が最後に 「18年のつきあいやったな」と一言だけ言って去っていったのが、 胸にこみあげる物があった。 添乗員から、内勤にはいって、添乗員さんのいろいろな事を13年間やってきた。 事務所は10数名のメンバーだけれど、 私が大好きな添乗員さん達は100名あまりもいる。 今がシーズン中なので、会えないどころか、話せなかった添乗員さん、 断腸の思い、とはこういうことか。 メッセージカード これは、ほんとう「やばい」目を通すと、 胸が締め付けられる。 とても、厳しかった私へのコメントが 「最初は本当に怖かったけど、ほんとうは愛情いっぱいでした」 と口ぐちに言ってくれる。 ほんと、みんな、厳しすぎてごめんなさい。 そして、よく、ついてきてくれました。 ここからは送別の品々です。 これは、後輩の内勤スタッフから、 ちょっと、性格的に周りと衝突する子で、はいった時から 「辞める」相談を何回受けたことが、 そんな私が先に辞めるよね、と涙しながら昨日お話しました。 なかはストロベリーソースが入っていました。 Sさん、ありがとう、これから、実力発揮して頑張ってください。 これは、海外添乗員さんから・・・ あまりにも、沢山きてくれて、実はこのお品、誰からのものか 想い出せない・・!! でも、気持ちがいっぱい詰まった、贈り物 大切に使わせていただきます。 ↓ 次の二つの小箱 上が、女性添乗員さん いつも楽しくお話をしていた子だったのですが、メッセージカードに 「最初は怖かったです」と書いていました。 ほんとうにごめんね。でも今は立派な添乗員さんです。 下は、事務所のスタッフで、一番わかい女性より。 いつも自信なさげで、おとなしくて、 おとなしすぎて愚痴もいわないので、 つぶれてしまわないものかと、 ときどき、ガス抜きで話をきいてあげた。 「ちょっとしかないので、すみません」と謝りながら持ってきたのも彼女らしい。 Nさん、大好きだったよ、ほんと。 自信をもって、頑張って、若いんだから辞める、なんていわないで、 後10年はがんばろうね。 左から2本の飲むお酢とゆずジュース としは7歳くらい離れているけれど、添乗員の同期としてスタートし、 時を同じくして、内勤スタッフとして、一緒に働いてきた仲間。 後半は、何が原因かわからないけれど、 2人の関係はぎくしゃくして、ランチも一緒に食べなくなったよね。 でも、最後に、これを渡してくれて、 数十分お話できました。 人生いろいろあるけれど、最後にお話しできてほんとよかった。 Oさん、私に退職、さきこされた、って言ってたけど、 Oさんは、次は転職ではなく、 寿めざす、って言っていた。応援するね。 これはさっきの箱の中 彼女は、おじいちゃん、おばあちゃん子のよい子で、 品物もそんな彼女の、古風な感じが感じられる。 大切に使います。 これは、中途ではいってきた、とてもとても大好きな海外添乗員さん 「 だめです、辞めるのはだめですー!」って 怖い顏をして、来た。 ごめん、Sさん、大好きでした。 控えめで、まじめで、笑顔がかわいい方でした。 また、飲みにいこね。 上のハンカチは、昨日事務所にきて初めて私が辞めるを知った ベテランの海外添乗員さんのIさん さすが、海外添乗員、いつもこういう物を携えているんだ。 気配りは添乗員さんは天下一級です。 そして、下のかわいい花柄の包装は、女性海外添乗員のSさん 中はエプロンが入っていました。 や、やばい。最近、お料理一生懸命になっていなかったのがばれかかな!? これをつけて、家事がんばります! こんな、こんな愛情を頂いて、 ほんとうに、ほんとうにびっくりします。 抱えきれないほどの紙袋をかかえて、事務所を出て、帰りがけ 親会社の営業マンと出会いましたら 「 幸せですね、ほんと幸せですね」と言っていただけた。 と、ながながと、綴ってきました。 転職がきまって上司に報告した日から、昨日最終出勤日まで約3週間でした。 定年退職や、寿と違う退職は、円満にはいかないのが常識、と思っていた。 私自身もまわりから、あまりうまくいかなかった話ばかり聞いていた。 でも、私は円満を目指していました。 今まで、精一杯頑張ってきたこの会社をみんなに暖かく見守られて辞めたい。 WEBサイトでいろいろ調べました。 「 転職活動しているときは、けっしてまわりにそれを漏らさない 」 「 転職がきまっても、先に近しい同僚などに話をしない 」 これが、一番守らなくてはいけないことと、どのサイトにも載っていた。 その転職活動の約1ヶ月、ほんとうに苦しかった。 自分でもっているのが苦しすぎて、 「実は・・」とどれだけ吐き出してしまいたかったか。 そして、辞める意思は、まず直属の上司に伝える。 決して、すどおりして、部長にいわない。というマニュアル。 忙しすぎる直属の上司。 転職先から、朝一番で内定の連絡がはいり、 切り出そうか、どうしようか、と意思が固まらずもたもたしていたら夕方になった。 「 少しお話するお時間ありますか?」 いつもの、仕事の悩み話だと思っていた上司は 「辞めさせてください」との私の言葉に 本当に驚いていた。 そんなそぶりもせず、勿論仕事に対しては変わらず一生懸命に従事ていた私が 突然、辞めたい旨をつたえたら、それは、とてもびっくりするだろう。 しかい、とても論理的な考え方をする、尊敬する上司。 私の話を聞いて納得してくれた。 納得させる為にどんな話をすればいいのか、 とうのもこれも何度もなんども考えたり、調べたりした。 「 仕事がつらい 」 「 昇進ができない 」 「 人間関係である 」 このような、改善の対象であることはけっして言わない。 辞める時、いいがちなこのフレーズ、 これを改善したら、辞める理由なんてないよね、と説得されるので決して言わないこと。 「 いまの仕事になんの問題もありません。ただ、 新しくやりたいことができたのです」 とそれだけ言いました。むろん、転職先もきかれたけれど、 「プライベートなことなので控えさせてください」とこれもマニュアル通りいってのけた。 なんとか直属の上司の了解をえて、次の日は部長と3者面談を、というところまでこぎつけた。 が、そんななに物事うまく運ばない。 部長が話し合いに応じてくれず、 「 あかん、絶対あかん、」と直属の上司に私への伝言を預けたばかり。 最近、親会社から出向で部長職につかれたばかりの部長。 管理職として、自分の任期に部下が辞めることはあまりよくないのは一般的 ただ、女性で年齢も40中旬。 おりしりも、例にもれずわが社も賃金テーブルの改定や転勤、出向などで、 暗にの肩たたきが始まっているので、 私が辞めることは、多分社長に対して物をいえるのではと、軽く考えていた。 ただ、この数か月、ろくろく話もしたことのない部長であったけれど、 実は、所員の事をよくみていて、 私の事を最大限に認めてくれていた。 直属の上司は部長にさっそく、夜に携帯に連絡をしたら、 それから、電話やらメールやらが、何度となく、きたそう。 そのうちのメールを1つみせてもらった。 「自分が、この営業所の部長職につき、人員整理をしていくなか、 ジョブローテイションをするにあたって、もうすでに彼女のポジションは決めていた。 それが欠けると、絵がかけない、彼女という絵の具がかけたら、 全体の絵が描けない、」 とう内容でした。 正直、とても、とてもうれしかった。 心が揺れました。 結局、1週間部長は私と話をしてくれませんでした。 これも、マニュアルには載っていた。 猶予期間を延ばして、逆に転職先から断ってくることを狙う事もある、と。 なるほどな、と人ごとながら世の中って、マニュアル通りに動くんだなとも思いました。 そしてその1週間、地獄のような、なんともいえない 精神的に、ほんとうにやられた日々を過ごしました。 後から、同僚にきくと、雰囲気が尋常じゃなかった、と言っていました。 そして、週明け、やっと、お話に応じてくれた。 そこでも嘆願された。 「必要なんや、あなたがいないと、絵がかけないいんや 」 「 辞めるなんて、いわへんやろ 」 「 仕事、一生懸命にやってるやろ 」 とたたみかけられ、結局、意を決して用意して手にした退職願をだせなかった。 「 悩んでいるんやったら、それは受け取らん!!」と 凄い剣幕で席をたたれた。 そのあと、どろどろと泣きながら面談ブースを出た私に 同僚は、そんな話があるとは知らないので、何事かと思ったそう。 そして、次の日、再び決死のおもいで提出しました。退職願。 受理され、転職先にその旨を伝え、 社内書式の退職書類を作成し、 しゅくしゅくと、事がすすんでいきました。 正式に、朝礼でみんなに発表した時はもうやめる日まであと2週間をきっていた。 あまりにも急な発表で、みんなは本当に驚いていた。 そして、その2週間かけて、引継。 私の直属の上司は本当に仕事が出来る人で さっそく、チーム内でMTGをし、業務の後任をぱんぱんと決めていったくれ、 「 辞めるまで、いろいろな事で彼女は忙しいから、彼女から引き継がれるという 意識は捨て、自分から聞きに行ってください。それで引継漏れがあったら 彼女の責任ではなく、後任の責任です 」 と。 これをきき、ああ、なんて私は、上司に恵まれた幸せもの何だろう、と思いました。 結果でいうと、部長に激しく引きとめられたこともとても幸せでした。 そんな、そんな、日々を過ごし、昨日が最終出勤日。 朝から、デスク周りをきれにし、 パソコンのデータをきれいにし、 しゅくしゅくと、たんたんと午前中は過ごしておりました。 しかし、午後から、続々と添乗員さんがお別れにきてくれ、 そこから、もう駄目でした。 午後中、ずっとでろでろに泣いてしまった。 そして、最後。 今まで人送ってきたのは、 定年退職と寿退職のみ。 「 おめでとうございます 」と言われ、花束をもって事務所を後にされてきた。 私も辞める時はそういう図をえがいていたけれど、 迷惑をおかけして辞める事になるし、 経験者のいろいろ話を聞いていると、そうでもないという情報もあったり、 でも、やっぱり、この18年間、常に自分の中ではトップスピードでかけてきたつもりなので、 そういう去り方が理想的であった。 最後の最後まで、それがあるかどうか、どきどきしたし、 結果、それ以上の出来ごとがあった事に対し、 実は、旦那が、一番ほっと胸をなでおろしたとの事昨日聞きました。 私が花束をもらって、やめる事を目標としていることを知っていたから 昨日の晩まで心配で心配でしかたがなかったそう。 最後、終礼を開いてくれ、 部長からお言葉をいただき、 最後の私の送別の辞は、もう、何が何だかわからないくらい、 涙で、ぐだぐだになったけれど、 泣いて、別れを惜しんでくれた同僚もおり、 ほんとうに、しあわせな、しあわせな、この会社生活を終えることが出来ました。 ほんとうに幸せでした。 ほんとうにみんなありがとう。 感謝しかことばがでないです。 新天地で精一杯頑張ります。
by nagomi0916
| 2011-11-23 14:31
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